TanackV3のフイルムインジケーター

 正直なところ私は使うことはないのだけれど、Tanack V3の裏蓋にあるフイルムインジケーターは大変個性的である。中心点を少しずらした蜘蛛の巣のようなデザインで格好良い。見る人によっては眼球に見えたり、下部の白い形が白山で夜空の星座が映し出されているようにも見える。田中光学は当時多く存在したライカを模倣するカメラメーカーの一つであったが、この丸い露出算出表は他のカメラには見られない逸品な見栄えだ。

時計の11時の位置にあるF値1.5部分の小数点が無く15になっている

 田中光学に関しては本当に資料が乏しく、タナーレンズやカメラボディ全体の設計、この露出表にしてもいったいどういう人物がデザインしたのか全くわからない。レンズ描写の味付けもそうだが、田中光学にはある種独特な美意識を持つ人物が存在していたのであろう。こうした想像を掻き立てる無名性がまたタナックに興味を引かれる所以(ゆえん)だ。

2台のV3

上のNo.103158ボディのロゴは線が少し太い

巻き戻しクランク部の高さが違う(左がNo.103158)

当時のものと思われるシャッター膜。ほんのり光沢がある

 私が最初に入手したTanack V3はボディナンバーがNo.102148で、次に手に入れたものがNo.103158のボディであった。およそ1000番の差だがこの2台の間で若干違う箇所がある。一つは軍幹部のロゴの線の太さ、もう一つは巻き上げクランクの高さ。また、シャッターの所の巻き上げ、巻き戻し切り替え部分A-R間の矢印の有無など。ナンバーが若いNo.102148ボディの入手時は保存状態が悪く、一度巻き上げた途端シャッター膜が味付け海苔のごとくバリバリに破れてしまった。2台目のNo.103158ボディはおそらく当時のシャッター膜と思われるが最初のボディのものよりもしっかりしており問題ない状態だった。斎藤友三郎氏の写真工業誌での解説で「キヤノンに採用されている金属幕に匹敵する特殊膜を使用し」とあるので、この意欲的な試みが年月を経て仇(あだ)となったのだろうか。もしかしたら102000番台から103000番台の間で改良されたのかもしれない(当然後年修理された可能性があるので断定はできない)。


逆さだと巻き戻しクランクの軸が飛び出す(No.102148)


No.103158ボディは飛び出さない

 日本カメラ1959年5月号(125号)に目島計一氏によるNo.102526のタナックV3のレビューが掲載されていた。そのボディは巻き戻しクランク部がまだ低いタイプで、ツマミが小さいのにクランクが大きく回しづらいので、その半径を小さくすれば巻き戻しやすくなるだろうと誌面で述べている。実際に巻き戻しを行うと、クランクとボディの距離が近いので、つまんでいる指がボディに当たって回しづらい。この指摘を受けてかどうかは分からないが、No.103158では半径が小さく少し高さのある改良されたクランクになっていた。一般的に造りが甘いと言われる4番手5番手の当時のカメラメーカーだが、このようにユーザーの声を反映して細かい改良していたことに好感が持てる。仮に今も田中光学が存在していたら実に個性的なカメラを作っていただろう。当時消えていったカメラ企業の中でも最も残って欲しかったメーカーだ。

TANAR H.C.1:2 f=5cm

 タナーの標準レンズの中で最も優等生なレンズだと思う。当時の一流メーカーのものと互角の性能だが逆に言えばブランド力の高い他社に比べ埋没してしまうかもしれない。F1.5、F1.9、F2.8がタナーらしいと個人的には思う。このTANAR5cmF2は解像感や色乗りは抜群であった。

作例



Tanack IVS / TANAR H.C. 1:2 f=5cm FUJI 400



Tanack IVS / TANAR H.C. 1:2 f=5cm FUJI 400



Tanack IVS / TANAR H.C. 1:2 f=5cm FUJI 400



Tanack IVS / TANAR H.C. 1:2 f=5cm FUJI 400

関連ページ

カメラレビュー第8回 Tanack V3 + TANAR5cm(1)

カメラレビュー第8回 Tanack V3 + TANAR5cm(3)

出典・参考文献