Leica M3、NikonSP

新製品の期待と失望〜ニコンSP

 2018年8月23日、ニコンは新型カメラZ7、Z6を発表した。Zマウントという新たなニコン独自のマウントシステムを採用しての誕生である。フルサイズミラーレスカメラで先行しているソニーαとの比較や、ほぼ同時期に発表されたライバルであるCanonの新型カメラEOS Rなど、それぞれカメラの機能について各方面で議論が激しくなっている。カメラの新機種が出るたびに行われるいつもの光景ではあるが、今から約60年前の頃のカメラ雑誌を読むと、今と同じような状況であったのがうかがえる。1957年、ニコンはNikonSPという高級レンジファインダーカメラを誕生させた。しかし、1954年に登場したライカM3に匹敵する初の国産カメラとしての前評判が高くなり過ぎたせいか、いささか期待はずれで辛口の評価を受けてしまったと伝わる。今回はその当時の状況を少し紐解いてみる。


写真工業1957年11月号441頁

写真工業1957年11月号

 ニコンSPの発表後まもなく発行された写真工業昭和32年11月号では設計者の更田正彦氏自らニコンSPの詳しい解説を寄稿している。その同じ号で写真工業誌主幹の北野邦雄は「ニコンSPを見て」と題して以下のように評した。

「S2ニコンを改良してS3とせずSPとしたのは意表をついてのことであるが、SPがSlight Progress(ささやかな進歩)のつもりであれば、日本光学の謙虚な表現として敬意を表したい。」

 その後わずかな良い部分を述べたあと以下は苦言が並ぶ。

「(ライカM3より良いと言われるファインダーについて)レンズを取り付けると自動的に同じ焦点距離のフレームが出るM3に対し、ニコンSPではいちいち上部のダイヤルを回さなければならないのは便利ではない。(左端に設けられた28、35ミリの広角ファインダーも)アイデアとしては新しいように見えるがジェットエンジンの時代に改良型プロペラエンジンを押し付けられるような感じ。」「135ミリのフレーム時、他の距離のフレームが全て見えるのは非常に見苦しい。」「カメラ上部のスタイルもややアメリカ好みのところがあり、十万円以上の高価格にしては粗末ではないだろうか。」「1954年のライカM3は世界のカメラ業界にとってセンセイショナルなものであった。この程度の国産機の出現はいつのことであろうか?」

と結ぶ。長い時間をかけて苦労して開発したであろうSPの発表後すぐに、もっと凄いカメラはいったいいつ出るの?である。

ニューフェース診断室

 古いカメラがお好きな方ならばどこかで読んだことがあるであろう、アサヒカメラ誌に連載されたニューフェース診断室。かつては木村伊兵衛氏や東大の小穴純教授ら4人のドクターが、新しく登場したカメラに対して辛辣な評価をしていたことで有名であった。Nikon SPが取り上げられた1958年4月号第9回での辛口部分をピックアップし、現代から見た私の身勝手な見解も述べてみる。


シャッター前にある光線止めの枠(矢印)

内面反射

「シャッター幕の前にある光線止めの枠があるが、レンズの光軸に平行な部分がかなり広く残っているため、ここに光が当たると相当な内面反射を起こす可能性がある。」

 

 私が所有しているニコンSPではこの内面反射による影響はほとんど無かった。フォト工房キィートスで整備してもらったものなので、なんらかの対策が施された可能性がある。

ファインダーフレーム

「ファインダー・セレクターを回すと、50ミリ用フレーム(淡紅色)、85ミリ用フレーム(淡紅色)、105ミリ黄色フレーム、135ミリ赤色フレームと次々と出現するのは美しく、いじるだけでも楽しいが、135ミリのときは他の3種類のフレームが出っ放しで消えないので気になって仕方がない。フレームが表示されるとき前のフレームの区切られた矩線の形が、伸びたり縮んだりあたかも生きているように変化するのはいかがなものか。しかもこの線の形が使用位置より変化の途中の方が実用的に良い形なものだから困りものだ。」

 

 私自身は全く困ったとは思わないし、内側のフレームに集中できるのでむしろ良いと感じている。


ファインダーの全てのフレームと
レンズフードによるケラレ(8.5cmF1.5)

ファインダーのケラレ

「ニコンSPにおける最大の難点として、このユニバーサル・ファインダー・システムの欠陥を指摘しておこう。レンズにフードをつけた場合、どのレンズでもファインダーの視野がケラれてしまう。(中略)28個のレンズ・プリズムを組み合わせ15件の特許を持つという贅沢な機構だが、もう一歩の研究をのぞみたいファインダーだ。」

 レンズフードによるケラレの状態をわざわざ各レンズごとに図解入りで指摘している。これは確かに問題ではあるが、ニコンSPに限った話ではなく、レンジファインダー型カメラ特有の問題であり、ニコンSPの最大の難点というのはいささか言いがかりに近いのではないだろうか。




作例・開放でのハロ、滲み、コマ収差、歪み
(NikkorSC5cmF1.4)

50mmF1.4解放のハロ

「ハロはどのレンズにも多少は出る。しかしニッコール50ミリF1.4はこれがややいちじるしく、夜景などで電灯光がボヤッと拡がって写る。ゾナー型の限界ともいうべきF1.5を強引にF1.4まで拡げたことの傷痕と思われる。(中略)(かつてライフのカメラマンが当レンズを戦争で使用して名声を得たが)往年のキリン児F1.4も、現在ではいささか年老いた感じである。」

 かつて高性能レンズは開放でシャープ、収差や歪みの少ない写りの良いレンズが目標であった。それは今でも(プロの仕様では特に)目標ではあるものの、半世紀を過ぎて趣味で使われるようになったニコンSPとNikkor5cF1.4はむしろこの欠点を表現に利用するのが良いだろう。この滲みやボケ、ハロのでるレンズは苦手な人は全く受け入れられないものであるが、かつてボケ玉と言われたズマールF2や現代であればNikkor58mmF1.4Gのように発売当初さんざん叩かれたクセ玉でも時間がたつと不思議と人気が出るものである。

設計者・更田正彦

 当時のこのような批評に対してSPの生みの親である設計を担当した更田正彦はどのように思っていたのだろうか。1998年に出版されたクラシックカメラ専科46「ニコンワールド」誌に座談会として同じSPを設計した福岡成忠氏とともに少しだけ当時を振り返った下りがあった。

ーーニコンS2がアメリカで大変好評になって……ーー

福岡「とにかくS2は私どもメカ屋から見ると、大変な傑作ですよ。非常にがっちりしてて故障しない。」

更田「あれくらいがわれわれの実力だったんだね。」

福岡「そうです。」

更田「あれ以上のことをしようと思うといけなかったんだ。(笑)」

 この短い会話から更田氏のなんとも言えない愚直さがにじみ出ていて、それはそのままカメラメーカーとしての今のニコンのイメージと重なる。

 その後、同時に開発されていた一眼レフカメラ・ニコンFによって、北野邦雄が言うところの世界のカメラ業界を変える国産機の出現となるのだが、このFも発売当初は様々な批判を書かれることとなる。結局、どんな凄いカメラが出ても叩かれてしまって、カメラメーカーも大変な仕事だなとつくづく思う。

参考文献

写真工業1957年11月号「特集Nikon-SP」 光画荘

アサヒカメラ1958年4月号「ニューフェース診断室」 朝日新聞出版

カメラレビュークラシックカメラ専科46「ニコンワールド」1998年 朝日ソノラマ

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