うしはく

 日本で古くから伝わる言葉に「うしはく」という大和言葉がある。「領く」と書いて「統治する・支配する」という意味となる。古事記の国譲りの章にこの「うしはく」ことが記されており、辞書などに用例としてしばしば取り上げられているので知っている方も多いかもしれない。

ここに天の鳥船の神を建御雷の神に副へて遣はす。ここを以ちてこの二はしらの神、出雲の国の伊耶佐の小浜に降り到りて、十掬の剣を抜きて浪の穂に逆に刺し立てて、その剣の前に趺み坐て、その大国主の神に問ひたまひしく、「天照らす大御神高木の神の命もちて問に使はせり。汝が領ける葦原の中つ国は、我が御子の知らさむ国と言よさしたまへり。かれ汝が心いかに」と問ひたまひき。
—「新訂古事記 武田祐吉=訳注、中村啓信=補訂解説」(角川文庫)P.244 「国譲り」より

 かの国での戦争が現実になった今、古事記での建御雷の神が剣の切っ先にあぐらを組んで座るという奇妙な表現が、なるほどこういうことだったのかと腑に落ちることしきりである。建御雷の神がどこか、大国主の神はどの勢力か、実際の名を当てはめて考えるのは面白いが、現実にとてつもない被害を被っているのはその地に住む一般市民だ。武力のみならず、お金、情報、政治などでうしはいていると、その神の体に剣が貫くこととなろう。それは国を失うことであると私たちの古(いにしえ)の書は教えてくれる。もっとも、現代の大国の長(おさ)たちはこの極東の神話など知る由もなかろう。今現在激しい情報戦や認知誘導が行われており、わたしたちはそれらの情報に振り回されないことが肝要だ。当事者(当事国)でなくとも、市民が感情的になればなるほど為政者にとって都合が良くなってしまうからだ。

 

出典・参考文献