28年前のフィルム
連休中は部屋の大掃除だけで終わったのだが、段ボール箱に仕舞い込んでいた不要な領収書や資料の中に、昔撮っていたフィルムが紛れ込んでいた。それは28年前、私がちょうど社会人になり、初任給を頭金にして2年か3年くらいのローンを組んでオートバイを購入し、その年の夏休みに無謀にも東京から九州へバイクでツーリングをした時の写真だ。途中で事故がおきるといけないので高価なカメラやレンズ(NikonF801と安いズームレンズしか持っていなかったけど)は持参せず、レンズ付フィルム1個だけを持って出かけたのである。
あいまいな記憶
富士フイルムの写ルンですで撮っていたとばかり思っていたのが、フイルムの淵にはっきりとKONICAと刻まれているので、当時コニカから発売されていた撮りっきりコニカで撮っていたのだと分かった。28年間ずっと勘違いをしていた。高速道路で九州まで行き、別府から由布院を通り、阿蘇の周辺を横断し、熊本を抜けて天草方面、そこからフェリーに乗って島原を周った。結構長い道のりを走っていたのだが、フイルムの中を見ると36枚撮りなのにもかかわらず8枚しか撮っていない。しかも、延々続く道路や遠方にそびえる山などの風景ばかり撮っている。初めて買ったオートバイで走り回るのに夢中になって、まともに写真をとっていない。若い頃の自分はいったい何をしていたのか呆れるばかりである。たしか帰路の途中、猛烈な土砂降りに遭い、バイクのタンクの上にあったカバンの中まで水浸しになり、当然撮りっきりコニカも、ほぼ水没状態になってしまった。帰宅した後、数日間乾かして現像に持っていったのだが、店員さんが「どうも写真が被っているようですが・・・」と申し訳なさそうに言っていたのを憶えている。
由布院周辺だろうか
阿蘇周辺
阿蘇の国立公園内を走る
おぼろげな記憶の中のイメージ
30年ぐらい前のフィルムでも保存状態が良好であれば、現代の写真と変わらないくらいの色調で仕上げることができる。ただ部屋の奥底から発掘された私の若き時のフィルムは、水没させてしまったことと経年によるフィルムの劣化で退色し、相当昔の写真のようになってしまった。しかし改めてよく見ると、この色あせてぼんやりとした仕上がりは、28年間私の頭の中に残っている九州のバイク旅の風景が具体的に視覚化されたとでも言おうか、記憶の映像そのものなのである。当然、フイルムカメラ時代の経験が長く、私の親の世代が撮ったものを多く見てきたから、古い写真はこういうものだという先入観から感じることなのかもしれない。
ただ、ふと思うのは、デジタルネイティブの今の世代が30年後、古い写真のイメージはどうなっているのか心配になる時がある。当たり前だがデジタルデータは時とともに色が退色することもなく、クリアでシャープなまま残る。それはそれで結構なことなのだが、例えばデジタルカメラの画像処理機能で昔風の仕上がりにしたものを30年後に見て、昔の写真だと思うことは正しいことなのかどうなのか。もっとも、私より若い世代の方が今ではフィルム写真に慣れ親しんでいるかもしれないので、余計な心配なのだが。
雲仙普賢岳。1991年大規模な火砕流が発生し、ふもとの集落を襲った。ここから少し先にある海沿いの町は、火山灰なのか粉っぽい砂が舞う状態であった。電車が走っていたので慌ててバイクを止め、撮ろうと思ったのだが通り過ぎてしまい間に合わなかった。しかし前年に悲惨なことがあったにもかかわらず、田に青々とした稲が揺れている光景に勇気づけられ感動したことを憶えている。