写真の店ラッキー

 そこは閉まったままのシャッターが目立つ、失礼ながら繁盛しているようには見えない商店街。中ほどにあるペンギンカメラで用事を済ませ京急の子安駅に向かって歩いていくとふと薄暗いカメラ屋さんが目に入る。私の郷里の広島市内にもこのような古い写真機がガラスの窓際に並んだカメラ屋が点在していたな、と懐かしく思いながらその陳列棚に飾られたカメラをしげしげと眺めた。見るとローライプラナーを付けたフォクトレンダー機の近くには軍艦部が取れかかっているペトリ。入り口近くの棚を見るとTコート付きのJenaゾナーやS型ニコンなどなかなかマニアックである。

 さらに中に入ると昔のアイドル女性歌手の一日署長の写真が飾られてある。たしか私が高校生の頃流行っていて、様々な浮名を流していた女優のお姉さんがいて魔性の女などと言われていたよなぁ、と下世話な昔の話を思い出しつつ、なんでこんなことを憶えているんだとハッと我に返る。棚をよくみると魅力的なニコンMS型があった。ちょっと見てみたいなと顔を棚のガラスに近づけて凝視していると、店の灯りを点けながら奥からご主人が出てきた。

「道楽してるな」といたずらっぽく私を見るご主人の柏木顕阿さん。
(Nikon M + Nikkor 5cm F1.5 (No. 905110) / FUJICOLOR 100)

「すいません、このニコンMSをちょっとみたいんですけど・・・」と私が言い終える間も無く

「あぁ、いいカメラ持ってるじゃない」と私が手にしていたニコンM型を見てご主人が言う。

「ニコンM!。ちゃんときれいにケースに入れてぇ。うちのMも綺麗だぞ。これ前から持ってるの? 道楽してるなぁ(笑)」

と店の奥で一緒に喋っていた方にも聞こえるように大きな声で言われて恥ずかしくなってきた。

「あ、あのこのニコンMS見てみたいんですが・・・」

「このニコンMS? これ本当は売りたくないんだよね。もう古いカメラ売れないから。昔はいい時期もあったんだけどね。余生はカメラに囲まれながら幸せに過ごそうと思ってるんだよ」

 えぇ?うそ、と心の中で呟きながら、そこをなんとか、ニコンのMS型すごく興味あるんですよと言いつつご主人を説得して見せてもらう。シャッター幕が傷んでおりスローもほとんど動かない。修理必須だなと思いつつも、結局なぜか気に入ってしまい購入してしまった。その後ご主人との会話で、結構遠くからのお客さんも来ること、新宿のラッキーカメラと間違えられることがあること、昔都内の中古カメラ業者が買い占めに来たことがあること(2000年代初頭のクラカメブームの頃だろうか)など、店の奥でご主人と談笑していた方と三人でしばしカメラ談義をして店を後にした。帰りの京急子安駅のホームでレンズと裏蓋を外して空に向けてシャッター幕を見ると点々と無数の光が漏れている。こりゃ明るい暗箱だなと笑った。

 

 

以前ネットでレンズを購入したことのあるペンギンカメラ

フイルムカメラ好きを悩ます魔性のアイテム・期限切れレアフイルム。

 ここまではおよそ二年前の話。カメラのラッキーのご主人は元気にしているかなと久しぶりに大口一番街に向かってみる。

 店に入るとなかなか程度の良さそうなCanonetQL17がある。ちょっと見てみたいなと思ったのだが、ご主人は店の奥で先客と話し込んでいる。なにやら戦時中の頃の話をしているようだ。時間を潰すために少し先にあるペンギンカメラで中古カメラを物色することにした。すると期限切れレアフイルムが目に入る。これはフイルム写真好きを悩ますアイテムで、どんな写りをするのか撮ってみたい、けど使うと無くなってしまう・・・と、頭を抱えて小一時間もんもんとしてしまうのだ(私だけかもしれないが)。どうせろくな映りはしないよ、と思いつつ気がついたらレジで会計をすましていた。店を出てああ買っちゃったよと呟きながらカメラのラッキーに戻ってみると、まだご主人は先客と話し込んでいる。仕方ないのでまた日を改めて訪問することにした。

 

 一週間後に再び訪問したが、あいにく先客がいて店の奥で話し込んでいるので、参ったなぁと思いつつまたペンギンカメラで暇をつぶすことにする。そういえば以前訪問したときにヤシカの一眼レフのジャンクがあったなと思い出して探してみるとYashicaFFTであった。残念もうすでに持っているよと呟きながら小一時間過ごし、再度カメラのラッキーに戻るとまだ先客と話し合っている。私もこれから用事があったので、商店街の少し先にある果物屋さんで一袋300円のみかん(歩道に座って売っている店のおばさんから2袋で500円でいいよと言われ結局2袋買ってしまった)と、国道近くの八百屋さんで静物撮影用にザクロを4個を買った。そこの若い女性の店員さんから「柘榴好きなんですね」と言われ、ちょうどレジで並んでいたおばさんにも「男の人がザクロ好きなんて珍しいわねぇ」と追い打ちをかけられ、さすがに撮影用モチーフに使うとは言えず、「え、えぇ、いや・・・そうなんです好きなんです」と格好悪い照れ笑いをしながらそそくさと大口商店街を後にした。帰りの京急で柘榴とみかんでいっぱいになったカバンを抱えながら私はいったい何をしているのだろうかと呟く。

ご主人に替わって店番をしていた(NikonFM+NikkorS.C.50mmF1.4 / KodakGold200)

 三度目の正直である。このままでは東京の中野からわざわざ結構かかる電車賃を払ってみかんやフイルムを買っているのと同じだ。今度こそキャノネットを買うと心に決めてカメラのラッキーに入る。するとご主人は留守のようで代わりに白黒の猫さんが店番をしていた。ちょっとカメラに収めてみようとレンズを向けるとプィっとソッポを向いてしまう。撮らせてくれよと猫さんの目線を追いかけていたら、店の奥からご主人が出てきた。

 「あっ、このキャノネット見てみたいんですが」と私が言うと顕阿さんは「これちゃんと動くかなぁ」と言いながらCanonetQL17を棚から出す。電池を入れてひと通り動作確認をしたところ、しっかりと動くようでそのままガラスケースの上に置いて、少し顕阿さんと会話をした。話が進むうちに、この値段の着いていないカメラはいくらなんですかと聞くと、それは売ってないと言う。

久しぶりにお会いする柏木顕阿さん。以前よりもお若くなられたような。「どこから来たの?中野?あれなんて言うんだったかな…そうそうフジヤカメラ行ったことあるよ」以前購入したニコンMSとレンズで
(NikonMS + Nikkor H.C 1:2 f=5cm (Tokyo Name No.50080357) / Kodak Super GOLD400)

「値段を付けるのが楽しいんだけどね、売ってないの」

「このローライプラナーはおいくらなんでしょう。すごく魅力的なんですが」と私。

「売ってない売ってない、ただ置いてるだけだよ」

 ここで私はしまったと思った。顕阿さんが完全に売らないモードになっている。前回ニコンMSを購入した時に学習していたのにすっかり忘れていた。そのうち顕阿さんは時間を気にするような仕草をして、そそくさと出していたキャノネットをガラスの棚に仕舞い「わるい。きょうはもうしまいだ」「となりのお寺の門の鍵を渡さないといけないんでね」と言う。あちゃー、やってしまった。もっとはっきりと購入の意思を示すべきだった。帰り際に君は歳はいくつなのと聞かれ、 51ですと応えると「50! 若いねぇ(笑)」と言われてしまった。さすがに50を過ぎて若いとは初めて言われたが、ライカI型(A型)とほぼ同い年の顕阿さんに言われては返す言葉もない。

 

ストラップ用のリングと電池、試写用のフィルム1本を付けてくれた

 さらに一週間後、今日は絶対にキャノネットを買うと並々ならぬ決意でカメラのラッキーを訪問する。四度目の正直である。店番をしている猫さんを起こさないように入り、店の奥に入るドアが少し空いていたので首を伸ばして覗いてみると誰もいなかったが、少し経って顕阿さんがお見えになられたので「すいませ〜ん」と小さい声で呼んだ。「やぁ」と顕阿さんが出てきて再びキャノネットを見せてもらった。

 結局のところ、単刀直入にCanonetQL17が欲しいことを伝えると今度はあっさりと売ってくれた。店を出て商店街の中を通り過ぎたところで、そう言えばお名前を聞いてなかったことに気づき(その時はまだ名前を知らなかった)再びカメラのラッキーに戻ってご主人の名前をお伺いしたときに「そういえば君はニコンMの」と顕阿さんは私が以前ここでニコンMSを購入したことに気付いてくれた。「デジカメの方がよく写るのにキミも変わってるねぇ」と言いつつもキィートスで修理してもらったことを伝えると喜んでくれた。警察署向け(一日署長撮影用だろうか)名刺をもらい、夕日に暮れる大口商店街を後にした。


購入したCanonetQL17で。大胆な場所で寝ている猫さん(CanonetQL17 + Lomography Color Negative 100)


写真の店ラッキー。(CanonetQL17 + Lomography Color Negative 100)


キャノネットの購入には少々手間取ったが、売ることのできない大切なカメラがまたひとつ増えた