YASHICA

 ヤシカについてみなさんはどんなイメージをお持ちであろうか。大衆機、安っぽい、でも良く写る、そもそも知らない等々、きっと受け止め方は世代によって違うでしょう。最近ではブランドを取得した企業がヤシカエレクトロMCに似たデジタルカメラを発売しているので耳にした方もいらっしゃるかもしれません。もちろん今回レビューしたいのはそのYASHICAではなく、半世紀前にカメラ市場を賑わしていた日本のヤシカの方で、今後数回に渡って取り上げたいのですが、いまだ修理中のボディや入手できていないレンズもあり、かなり長期戦になるのでご了承願いたい。

YASHICA ELECTRO 35


 古いヤシカのカメラの中で最も有名で入手しやすい機種としてはヤシカエレクトロ35であろう。初代は昭和41年(1966年)発売。レンズは4群6枚、ガウス型のヤシノンDX45mmF1.7。電子シャッターを備えた絞り優先EEカメラ。上に掲載の機種は7年後の昭和48年(1973年)発売のヤシカエレクトロ35GTN。レンズはカラーヤシノンDX45mmF1.7となり解像力や周辺光量も改善されたという。実際に触ってみると少々プラスチック感があって安っぽさが伝わってくるが、改めてよくみると黒いボディはなかなかスパルタンで精悍な雰囲気がある。

警告矢印。左向きなのは、暗いので絞りを左側(開放側)に回せの意味。

 ファインダーを覗くとシンプルなブライトフレームが表示されており、適正露出範囲外だと警告の矢印がファインダー上部に点灯する(ヤシカエレクトロ35GTN)。シャッターボタンを半押しして突然点いたり消えたりする様子は、まるで踏切の矢印のようで少々野暮ったい。ただ、現代ではプロが使うような洗練されたものが求められるが、当時はいかに大衆に分かりやすくカメラを使ってもらうかが重要だった時代であった。

ヤシカの大衆機のイメージ

右からヤシカペンタマチック、J-4、FX-3。それぞれ1960年、65年、1979年に発売された。

 ヤシカは1950年代、高級機であった二眼レフ市場を大衆価格で売り出して成功したカメラメーカーだ。1983年に京セラに吸収されるまでに1960年のヤシカペンタマチック、そして何と言っても1975年のコンタックスRTSと高級機を生み出している。それぞれ一眼レフとしての機能の細かい意見はあったにせよ、安っぽさは感じられない。特にヤシカペンタマチックはニッカカメラと富岡光学の合作とも言えるが、ボディは未成熟なところはあるもののレンズの質感は素晴らしい。しかしペンタマチックマウントを早々に諦め、1年後のヤシカペンタJでM42プラクチカマウントの大衆路線に戻ってしまった。それでもペンタJシリーズ、ヤシカTLエレクトロXと、ある程度カメラとしての質感は保っているのだが、オイルショックを経た1973年以降、ヤシカFFT、新たなヤシコンマウントとなったヤシカFXシリーズと、一眼レフとしての機能は向上しつつも、撮り味というかレリーズの感触が安っぽくなっていく。私が所有しているFX-3は「パチン」というシャッター音はプラスチック同士あたるような音で少々残念な感じだ。しかし同じく所有しているRTSIIは(壊れやすいものの)惚れ惚れする感触である(もっともContax系は別ものと考えた方がいいかもしれないが)。このように質の高いものと低いものが混在しているが、人間は一般的に悪い印象のものの方が強く記憶に残ってしまうもので、ヤシカ=安物のイメージが今日まで続いてしまうのだろう。

YASHINON

AUTO YASHINON-DX 1:1.7 f=50mm

 ヤシカのカメラボディとは対照的にレンズとなると話は別になる。二眼レフ時代のYashimar、Yashikor、距離計時代のYASHINON、一眼レフ時代からのAutoYASHINON、YASHINON-DX、Color-YASHINONなどなど時代によってレンズ名は変化するものの、過去の書籍や文献では概ね良い評価で書かれているものが多い。その底流にはヤシカと関係の深い富岡光学の存在が大きいだろう。現在では「TOMIOKA」はブランド化しており、中古レンズでも直接TOMIOKA・TOMINONの名前が入っているものは価格が高い。ヤシカから繰り出された数あるレンズの中でも私が注目したいのは、1960年代半ば以降、一眼レフ時代のヤシノンの高い描画性能はYASHINON-DXの開発に携わった藤陵厳達氏の功績が大きく、今後、同氏が開発したレンズを中心に深掘りしていきたいと思っている。

ヤシノンDXの描写

 再びヤシカエレクトロ35GTNに戻ってその描写について考えてみたい。昭和43年(1968年)アサヒカメラ4月号ニューフェース診断室において、初代ヤシカエレクトロ35の搭載レンズ・ヤシノンDX45mmF1.7の描写について以下のように評している。

 絞り開放では画面周辺部に難点があるが、絞るにしたがってよくなり、F5.6では非常に良い値を示している。実写の結果も、開放では背景の環状ボケや周辺部の像の乱れが認められたが、少し絞るとたいへんシャープになり、ボケ味もすなおであった。このレンズの設計者は、開放時の性能をいくらか犠牲にして常用絞りにおける高性能をねらうという主義のように見受けられる。 
ーー1968年アサヒカメラ4月号 第130回ニューフェース診断室 P.247

 この評の中のレンズ設計者とは言うまでもなく藤陵厳達氏のことである。彼が後に語った言葉を引用すると

 大口径レンズでもっとも注目したいのはバックなんです。バックの出方をどうするかということで、計算だけでなく投影像も注意しました。だから投影で見るときは、少しピントの合ったところ、少し外したところの両方を見る。それによって収差の取り方が判断できた。<中略> たとえばゾナーは、非常にコントラストはいいかわりに非点収差、非点隔差が出る。それを少し倒してやれば両像がくっついてくる。だから収差としては、わりあい収斂傾向の収差をもたせていた。収斂することによってバックがきれいに写る。そういうことが多少、わかったような気がした。私はいまも設計をやっていますが、その部分も見ていますよ。 
ーー〔カメラの系譜〕「郷愁のアンティークカメラIII・レンズ編」(朝日新聞社)1993年 P.127

 先の診断室の評価では「性能を犠牲」という少々大げさな言葉を使っているが、この「犠牲」の描写こそ、彼がズノーにいた時からヤシカ、リコーで生み出したレンズに一貫している特徴であり、今後、藤陵氏の設計したレンズを使用するときはこの評価を記憶しておくと良いであろう。

作例


YASHICA ELECTRO35 GTN + COLOR-YASHINON DX 1:1.7 f=45mm / FUJI VELVIA100


YASHICA ELECTRO35 GTN + COLOR-YASHINON DX 1:1.7 f=45mm / FUJI VELVIA100

 COLOR-YASHINON DX + SKYLIGHTフィルター + FUJI VELVIA100で透明感のある美しい琥珀色〜鼈甲色〜ウイスキー色が出てくる。二つ目の作例はYASHICA ELECTRO35 CC。COLOR-YASHINON DX 35mmF1.8という贅沢なレンズ。


YASHICA ELECTRO35 GTN + COLOR-YASHINON DX 1:1.7 f=45mm + Kenko MC SKYLIGHT[1B]/ FUJI VELVIA100


YASHICA ELECTRO35 CC + COLOR-YASHINON DX 1:1.8 f=35mm + Kenko MC SKYLIGHT[1B]/ FUJI VELVIA100

 絞り開放の作例。ワインラベルの女性の顔にピントを合わせたつもりが少し後ろに外れてしまった。ほんの少し焦点が変わるだけで藤陵氏のボケのゾーンに入る。


YASHICA ELECTRO35 GTN + COLOR-YASHINON DX 1:1.7 f=45mm / FUJI VELVIA100

 単焦点のヤシノンDXも素晴らしい写りだ。ネガフイルムでもこってりと色が乗る。


YASHICA TL ELECTRO X ITS + AUTO YASHINON DX 1:1.7 f=50mm / KODAK GOLD200

出典・参考文献